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沈黙 感想

映画の話。

アメリカがイスラム教徒の入国に規制をしている中で、キリスト教徒を排除した過去の日本の話を観ると何が現実なのかと思うほどです。狐狸庵先生もビックリしているかもしれません。
ブログ主は宗教には詳しくないので、宗教について考えるきっかけにはなるかもしれません。
ただ、背景として鎖国をしていた日本はキリスト教国のオランダとは取り引きをしていた訳で、当時の幕府側も都合のいい解釈をしていたともいえるのでしょう。そして、今のアメリカもサウジアラビアなどに対しては入国制限をしていないのでこちらも都合のいい解釈をしていて、結局のところは政治的な判断によるところも大きいような気もします。
宗教を別として、更にストーリーも別にして、この映画における問題を解決するにはいのうえ様という登場人物、非常に日本的な幹部をいかに説得するのかということが鍵だったような気もしました。そのように展開すると映画として成り立たないかもしれませんが。

もう少し、いのうえ様という人物の描かれ方について書いてみます。
それなりの地位と年齢にもかかわらず、問題の起こっている現場に自ら赴いて対応して外国語を話す優秀な人物として登場します。
キリスト教に対して日本的な反論を行うのですが、反論を行うこと自体に付け入るところがあるような気がしたのでした。

またキチジロという登場人物が出てきますがダメな人間として描かれていて、強い悪(例えばシスの暗黒卿?)ではなく弱さに基づく悪であり、パードレに頻繁にSOSを送り続けるのは興味深かったです。
それは年下の男性に言い寄られる女性に逃げるのは恥ではないと伝えるが如く。

さて400年後の日本ではクリスマスにカップルが愛について語り合い、今月はバレンタインにチョコレートと共に愛の告白を行うわけですが、これはどのように考えればいいのか。社会や宗教とは一体何なのかと思う次第です。