スリービルボード 映画
ある種の閉塞感を感じる映画でした。
主な登場人物は悪というよりも愚かな印象を受けました。
その印象は自分や映画館の観客を含めた普通の人間に対するもの、等身大の人間を画面で見た感じでした。
日本の映画館で観たアメリカの映画なのですが、感覚として理解できる気分になりました。
アメリカの地方都市では主人公の女性のような振る舞いは、映画とはいえ肯定されるとは思えないのですが、実際はどうなのだろうか。
また、アメリカの多くの女性の目にはこの主人公の振る舞いはどのように映ったのだろうか。
今回のブログ主の感想はひょっとする映画館に足を運んだ多くの人と同じになるのかもしれません。
多くの人が同じ感想を持つ作品は、時にそれは普遍的と呼ばれたりするものなのかな。